Monumento

kawa_sanpo

2014/11/29

Tags: ocr-generated 東京都 新宿区

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ocr-generated | 国指定史跡 江戶城外堀跡
所在地:新宿区・千代田区・港区の境界
指定日:昭和31年3月26日
「江戸城外郭の堀跡である。JR中央線に沿い、飯田橋から市ヶ谷・四谷を経て赤坂
見附方面に延びており、現在、水を湛えているのは飯田橋~市ヶ谷間、市ヶ谷~四谷
間の一部と赤坂見附の弁慶堀だけである。
三代将軍徳川家光の命により、寛永13年(1636) 江戸城最後の大修築工事として、
この外堀が造られた。神田川、赤坂溜池など自然の水利を活用し、神田川~溜池間は、
新たに堀が造成された。現在、国指定史跡に指定されているのはその範囲で、新宿・
千代田・港の3区の境界にあたる地域である。
堀普請は奥羽・関東の諸大名が普請を命じられ、主に市ヶ谷長延寺谷など自然の地
形を活用し、振り取られた土砂は九段・麹町・番町などで土塁を築いたり、築地・他
島を造成するため江戸湾を埋め立てるのに利用した。
また、現在の飯田橋付近に設けられた神楽河岸までは、神田川を利用して江戸湾か
ら船が運航できた。
外堀には、要所に10箇所の見附(城門)が設けられ、西国の諸大名が普請を命じら
れた。このうち史跡内にあるものは、牛込見附(飯田橋駅西口)・市ヶ谷見附(市ヶ谷
駅前)・四谷見附(四ツ谷駅麹町口)・喰違見附(迎賓館~紀尾井町間)・赤坂見附の5
つである。
見附には、敵の直進を防ぐため進路を互い違いにした喰い違いや、2つの門を組み
合わせた枡形が造られ、番所を設けて門番を置いた。
明治以後、外堀の一部は甲武鉄道(現在のJR中央線)の敷地となり、第二次大戦
後、四ツ谷駅周辺は埋め立てられ、外濠公園や上智大学のグランドとして使用されて
いる。なお、営団地下鉄丸ノ内線の新宿~池袋間が開通し、ここ四ツ谷駅が開業した
のは昭和34年3月のことである。
四谷見附
四谷見附は、山藩主毛利秀就が普請を命じられ、寛水16年(1639)完成した。城
門は現在のJR四ツ谷駅麹町口付近にあったが、明治5年に撤去され、現在は石垣が
のこるだけである。
当時の四谷見附は、現在の新宿区設四谷小売市場前の橋(当時は土橋)から城門を
経て出入りする構造で、現在の四谷見附橋は無かった。従って、新宿方面からの甲州
街道は、外堀に突き当たり左折し、すぐ右折して土橋を渡って江戸城外郭に入る。
明治以後、このような吹い違い構造が交通に障害となったため、明治44年四谷見附
橋建設が着工され、大正2年に完成した(平成3年に架け替え)。
国指定史調・江戸麗外輝(四谷見附付近)

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2018-03-28 15:55 (0)
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