ocr-generated 灯台発祥の地
交易船舶の安全のため、西洋諸国から灯台の建設を求められた明治政府は、外国人技師を招聘し、明治2年に灯台事業を担う」
役所として「燈明台(とうみょうだい)局」を、更に、明治7年には「燈明番(とうみょうばん)」(いわゆる灯台守)の教育及び建設する灯台
の試験調整を行うための「洋式試験燈台」を、ここ、横浜元弁天(現在の中区北仲通6丁目)に設置しました。洋式試験育」の完成時には、
明治天皇、皇后両陛下の行幸啓を仰ぐ栄誉にも浴した由緒ある地でもあります。
「燈明台局」は、昭和23年、海上保安庁燈台局として東京に移転しますが、それまでの約80年にわたり、日本の灯台事業を全国展開し、
また、最先端の西洋技術を習得した多くの灯台守を全国へ送り出すなど、まさにこの地を起点として、我が国海上交通安全の礎が
築かれていきました。
この地が日本の近代化に大きく貢献した灯台事業発祥の地であることを後世に伝え、また、先人の偉業を称えるため、「洋式試験燈台」
の基礎として使用していた当時のレンガをその証とし、記念碑を設置します。
平成27年3月 海上保安庁 第三管区海上保安本部
明治初期の燈明台局 中央奥に見えるのが「洋式試験燈台」
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灯台発祥の地 北仲通北第一公園内 |