Monumento

歌川広重住居跡

2017/09/25

Tags: ocr-generated 東京都 中央区

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ocr-generated 歌川広重住居跡
所在地 中央区京橋一丁目九番
浮世絵師歌川広重(一七九七~一八五八)が、嘉永二年(一八四九)
から死去までのおよそ十年間を過ごした住居跡です。
広重は、幕府の定火消組同心安藤源右衛門の長男として、八代洲
河岸(現在の千代田区丸の内二丁目)の火消屋敷で生まれました。
十三歳のとき父母を失い、父同様定火消組同心になりましたが、
文化八年(一八二)十五歳のとき歌川豊広の門人となり、翌年には
広重の号を与えられ、歌川を称することを許されました。
天保三年(一八三二) 霊岸島の保永堂から出した「東海道五拾
三次」以来、風景画家として著名に
なり、江戸についても、「東都名所」、
「江戸近郊八景之内」等を遺してい
ます。特に、晩年に描いた「名所江
戸百景」は、当時大鋸町と呼ばれて
いたこの地での代表作です。
住居は、幕府の奥絵師(御用絵師)
狩野四家のうち、中橋狩野家屋敷の
隣にあり、二階建ての独立家屋であっ
たといいます。
三郎ハエ
自母
同小路」
富小路町 南馬町1丁目
久元西歳改正再刻 尾張屋板切絵図「八丁堀霊岸嶋日本橋南之絵図」(部分)
|
|

ニ丁回
平成十九年三月
中央区教育委員会

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2018-03-27 23:55 (0)
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