Monumento

kawa_sanpo

2017/09/03

Tags: ocr-generated 長野県 茅野市

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ocr-generated 金 沢 宿 本陣跡
五街道は幕府直轄で道中奉行の支配下に置き、約四里(約十五キ
ロメートル)おきくらいに宿場を設け、大名の参勤交代や公用旅行
荷物の継ぎ建ての業務にあてさせた。甲州街道の宿場には二十五人
の人足と二十五匹の馬を常駐させその任に当たらせた。
本陣は大名や公家が泊まったり、休憩する施設で、公用の書状や荷
物の継ぎたてをおこなっていた。金沢宿には二軒の問屋が置かれ主
は名字帯刀が許されていて世襲であった。金沢宿は慶安年間の初め
までは現在地の北方権現原にあって青柳宿と称していたが、度重な
る水害と前年の火災で焼失したのを機に、慶安四年(一六五」)現
在地に移転し金沢町と改称した。
本陣の敷地は約四歩(約四〇アール)あって、敷地内には高島
藩や松本藩の米倉などがあった。小松家は青柳宿当時から代々本陣
問屋を勤めていたが、隣村茅野村との山論で家族を顧みる暇もなく
寝食を忘れ町民の先にたって働いた四代三郎左衛門は、延宝八年(
一六七八)高島藩は伝馬を怠ったとの廉で、町民の見守る中ではり
つけの刑に処され家は競所断絶した。その後明治初年まで白川家が
本陣問屋を勤めた。金沢宿を利用した大名は高島藩・飯田藩・高
遠藩の藩であったが、江戸後期になると幕府の許可を得た大名が
東海道や中仙道を通らず甲州街道を通行し金沢宿に泊まっている。
「金沢財産区 金沢歴史同好会
「金沢区
平成十一年 五月吉日

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2018-03-28 00:00 (0)
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