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大黒屋光太夫顕彰碑 (鈴鹿市若松地区市民センター 三重県鈴鹿市若松中2-3-8)付近

wawa

2017-04-22

Tags: ocr-generated 三重県 鈴鹿市

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大黒屋光太夫顕彰碑
この碑は、大正七年、当時の若松村有力者により、小学校前に
建立、その後台風による倒壊・折損などもあって現在地に再建さ
れたものである。碑文の内容は、当地出身の船頭で、ロシアに
漂流した大黒屋光太夫の伝記で、上の題字「開国光」は、
徳川家達公爵の書、文章は新村出文学博士によるものである。
光太夫らが江戸に向かったのは天明二年(一七八二)で、途中
暴風雨のため遠くアムチトカ島(アリューシャン列島)に流され、
飢餓と酷寒で、多くの仲間を失いながら、シベリアの中心地イル
クーツクに着いた。先方の引き留めもあったが、帰国を熱望する
光太夫は単身ロシアの都ペテルブルグに上り、女帝エカテリー
ナ二世に謁し、帰国を許された。
日本との交易を国策とするロシアは、使節と共に漂民を送還、
根室に着いたのは寛政四年(
一七九二)のことで、十年ぶりに、
帰国できたのは光太夫・磯吉・小市(のち同地で死亡)の三人で
あった。
翌年、十一代将軍徳川家斉の面前で行われた光太夫・磯吉の
報告は実に的確で、その体験・見聞とも江戸時代の日本にとっ
「ては貴重な情報であり、蘭学者の桂川南周により「漂民御覧之
記」や北搭聞略」という書にまとめられた。
光太夫は、文政十一年(一八八七十八歳で没し江戸本郷
興安寺に葬られた。
いえ行
平成二十二年八月 大黒屋光太夫顕彰会

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2018-03-28 10:22 (0)
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