Monumento

kawa_sanpo

2017/04/02

Tags: ocr-generated 山梨県 上野原市

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ocr-generated 諏訪神社の由来
たけみなかたのみ
ご祭神は建御名方命
西暦一四二~一一四三年の康治年間 武州横山党・横山三郎忠重
が当地「古郡の郷」に派遣され、土着して古郡忠重と名乗り一一四五~
一一五〇年の久安年間に一族の氏神として「古郡神社」を創建した
とされる。
古郡一族は和田の乱で義盛に加担し一二三年に滅亡する。
西暦二四九〜一二六八年、建長寺の開山僧の一人、大覚禅師が
信州の家族上原上野介義実を伴ってこの地を訪れ、荒廃した社殿を
再建し信州諏訪大社の御霊を分かちて祀り、「古郡神社諏訪大明神」と
称したと伝えられる。
「その後この地は源頼朝の信望厚き甲斐浅羽郷の加藤入道景廉の孫、
景長に与えられ、永禄二年(一五五九)から天正十年(一五八二)武田氏
滅亡まで加藤丹後守景忠と加藤弥次郎信景が上野原城主となり神社を
守る。
天正五年(一五七七)信景と嫡男の千久利丸で社殿を再建するが
天正十年都留郷攻めの北条氏により放火される。
慶長九年(一六〇四)に本殿が修復され、その後幾度も改修改築
され現在の御社は棟札から寛文十年(一六七1)及び享保二十一年
(一七三七)に修復されたものが元と同われる。
霊験としては縁結び、子宝の神として崇拝されている。
その昔、当地の村人二十八戸は犬神様(犬島明神)を祀っていたが改宗
させられ、取り除かれた祠の裏の土手に各家で石を置き各々の石の上に
飯と小魚に青木の箸を添えて、秘かに祀っていたと伝えられている。
現在は、二十八個の石はまとめて残されており八月十九日の例大祭の
午前、十一時「お焚きあげの式」と称して同様の供物二十八膳を奉じ、
今でも犬神様をお祀りしている。

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2018-03-28 10:37 (0)
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