Monumento

kawa_sanpo

2017/02/25

Tags: ocr-generated 東京都 八王子市

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ocr-generated 永福稲荷神社とカ士、光山権五郎由緒略記
永福稻荷神社
永福稲荷神社は八王子市新町の鎮守で祭神は倉稲魂命(ウカノミ
タマノミコト)です。古くはこのあたり一帯は付の鼻と呼ばれて、
たどころから、竹の鼻稲荷神社とも言われていました。厄除け、開
運、出世、勝運、商売繁盛、心願成就、縁結び、家内安全、交通安全な
ど、霊験あらたかな神様です。
宝暦六年八月二日「千七百五十六年)カ士、光山権五郎が再建し
落成と同日に相撲を奉納したといわれています。江戸時代甲州街道
ハ王子宿の入り口に位置しているために、江戸からの往来客に
信仰が厚く寄進された鳥居、天水桶等が境内に現存されています。
例祭は「しょうが祭」と呼ばれ毎年九月第一土曜日に執り行われ
ます。当日神社で軍配(勝)御守札を授与します。縁起物として
「しょうが」が売られます。
カ士、光山権五郎
「ハ光山権五郎は江戸時代中期(究延、宝暦)に活躍した八王子出
のカ士です。身長六尺三寸(百九十センチ体重不詳、嶋屋という
問屋の後継ぎで商売をしながら相撲をとっていました。当時は
坂、京都で勧進相撲が盛んに行われていました。現在のように相
協会はなく、相撲が開かれる場所へ自前で出かけて行き日本各地
カ自慢腕自慢が、日本を東西に分けて地元出身地を背負って対戦
ました。その時の番付には、光山の出身地は「江戸」とのってい
す。ハ光山は八王子から相撲が開かれる場所へ旅立つ前には、必
稲荷神社へ参拝し旅の安全と必勝を祈願し赤帰郷した折にも境
で勧進相撲を奉納しました。当時のカ士は現在のカ士が締めてい
半分位の丈で出来ている化粧回しを締めたままで相撲をとりま
しる内ず ましの撲大絹 身
「相撲は神事と深いかかわりがあることから、五穀守護の神「倉稲
魂命」の神前で願いを込めて相撲を奉納したものとおもわれます。ハ
王子史実を著してある塩野適斎の栄都日記には、ハ光山権五郎が神
明の霊徳によって天下第一のカ士になれば、神祠を再造して永くこ
の所において相撲を興行し神を祭ると称し、故郷を辞し去って三
都及び四国九州を遊歴し、強く力のある者に逢えば相撲を試み、遂に
は敵する者が無く、これを賞され時の天皇から御盃と締のまわしを
賜り、帰郷後稲荷神社境内で相撲を興行したと記録されています。
カ士八光山権五郎が六十二歳で没した後、毎年八月二日には近郷
のカ自慢によって相撲が奉納されるようになりました。
永 福 稲荷 神 社
新町町会

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2018-03-28 10:41 (0)
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