Monumento

kawa_sanpo

2016/12/29

Tags: ocr-generated 静岡県 浜松市

Guide plate text

This content was transcribed by optical character recognition. Please cooperate with proofreading.

ocr-generated 引佐山大悲院本尊観世音由来
この地に永く安置されていた観世音菩薩は、引佐細江の観世音と言い、
高さ一尺二寸五分(約三十八センチ)の立像で、定朝法橋上人の真作であ
ると伝えられる。
第六十八代後一条天皇の治安元年(一○二二)定朝上人諸国巡行の途中
山住神社(水窪町)に山籠もりされた時神託を感じ、引佐細江の里に行き
老杉の元で一心不乱に大悲十句の秘文を唱え祈りつづけられた。七日七夜
の三更(午前0時前後)老杉の頂が光り輝き、忽然として聖観世音菩薩が
応現された。その慈悲に感激し、ありがたさの万分の一をも残そうと老杉
を伐り、聖観世音菩薩の尊像を一刀三礼して彫り上げ、国下安民五穀豊饒
のため引佐の地に堂宇を建てて、安置し奉った。
第七十六代近衛天皇の久安五年(一四九)八月下旬に天災地変あり、
山崩れや洪水によって田野は流れ、山川村里は一時に大海となった。この
時、菩薩の霊訓によってこの地に遷し、草庵を造り安置申しあげた。
仁安の頃(一六六)多田満仲五代の孫、従五位の下、伊賀守源光行公
の紀行に、筑紫(九州)の人、頼み事があって鎌倉に下るとき参詣して、
望み叶うならば御堂を建立中そうと祈願し、目的を達してお礼に堂を新し
くしたとある。それ故に光行公も詣でて、多くの人々の願望成就のしるし
を見、大悲大慈の恵みは広く、深く、たのもしく思われて歌を詠んだ。
たのもしな 入江に立つる 身をつくし
深き志るしのありと聞くにも
右の一首、光行公が観世音を前に詠まれたと東海道名所図会に見える。
第九十代後宇多天皇の弘安年中(二二八三) 佐夜の中山(掛川菊川の境)
の化鳥退治のために勅命を受けた上杉三位高実公が下向の折りも当観世音
にご祈願なされ、成就速やかであったなど伝わる。
また、寛文十二年(一六七二)四月二十三日、新居宿の住人片山権兵衛
紀州熊野浦にて難破したが、大悲の感応を得て助かった。その礼謝として
お堂を建立、寄付した。以上は、延宝五年(一六七七)五月八日、如意寺
四代利州禅和尚の書き遺された観音由来を暗記したものである。
その後も東海道を往来する人々に、ご利益ある観音として聞こえ、文化
年間(一八〇四~一四)江戸の商人遠州屋源八、相良屋茂七など多くの人
から大般若経六○○巻が奉納された。今も、毎年一月十七日の大般若法要
で目にすることができる。
観音像は、昭和四十二年(一九六七)以来、如意寺に安置してある。

Texts

monumento
2018-03-28 10:59 (0)
monumento

Comments/Photos

Footprints

0 footprints lefted here.

Embed tag

Guide plate Tour

Spots near

kawa_sanpo (2016/12/29)
Tags: ocr-generated 静岡県 浜松市
kawa_sanpo (2016/12/29)
Tags: ocr-generated 静岡県 浜松市
kawa_sanpo (2016/12/29)
Tags: ocr-generated 静岡県 浜松市
kawa_sanpo (2016/12/29)
Tags: ocr-generated 静岡県 浜松市