Monumento

kawa_sanpo

2016/12/24

Tags: ocr-generated 三重県 亀山市

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ocr-generated 関宿 高札場
高札場とは、幕府の法度や掟書、宿場の決まりなどを掲示した場所
です。
関宿の高札場は、江戸時代に描かれた数々の絵図を見ても、関宿中
町北側(現岡郵便局)にありました。当時この敷地は、「御茶屋御殿」
と呼ばれ、江戸時代初期においては本陣の役割を果たす施設でしたが、
関宿に本陣が確立されてからは、竜山藩の施設として番所などが置か
れていました。
関宿高札場は、この御茶屋御殿の街道に面した位置にあり、街道に
面した間ロ十一間余のほぼ中央に、耕形状の土塀に囲まれてあり、高
札場の建設、高札の付け替えなどは竜山藩が行っていました。
『東海道宿村大概帳』によると、関宿高札場には八枚の高札が掲げ
られており、その内容は、生活にかかわる様々な規範、キリシタン禁
今や徒党・強訴などの禁止といった幕府の禁令、隣接宿場までの人馬
駄賃の規定などでした。
明治時代になると、各地の高札場は撤去されますが、関宿の高札場
も、明治十年、関宿中町伊藤家の土蔵建築の際、旧高札場の石、土、
瓦等を残らず処分したことが当家文書にあり、周囲の土塀なども含め
すべてが撤去されたことがわかります。
「この度、関宿の町並み保存に取り組んでいただいている「関宿町並
み保存会」、「関宿案内ボランティアの会」、「関町観光協会」の
団体より、高札場復元のご要望をいただき、また、複え場所を所有す
る日本郵政公社及び関郵便局の多大なるご理解・ご協力を賜り、宿場
町の主要施設のひとつである高札場の復元が実現したものです。
(復元概督)
●復元年代規模及び高札についての史料が残る、寛政年間から天保年間頃
●規模
寛政年間の史料と考えられる「御分間絵図御用宿方明細書上帳 関宿」
(服部家文書)に「高村氏問四尺寸 三間弐尺五寸、簡壱間弐R」と
いう記載があり、これを基本とした。
●形状」 関宿の高札場の形状を描いた図面類は残存せず、他の高札場の幕末から明
治期の写真等を参考とした。
掲示する高札については、関宿のものは現存せず、問様の内容を記載した
他の高札を参考とした。また、文については「東海道区村大概帳』の記
載どおりとしたが、読み易さを考慮して調とした。
高札場裏側に構造上必要な、補強壁を設けた。
●構造補強
関町教育委員会
平成十六年三月

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2018-03-28 11:43 (0)
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