Monumento

kawa_sanpo

2016/12/17

Tags: ocr-generated 埼玉県 本庄市

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ocr-generated 第8回伊勢神宮式年遷宮記念
阿夫利天神社 御由緒
せきそんだ。
こんげん
ロ 御縁起(歴史)
本庄市中央三-四-三人
当社は、大正二年、阿夫利神社に天神社が合祀され、社名を阿夫利天神社と変
更したものである。
阿夫利神社は、社伝によると、寿永年間(「ハニー八四)源頼朝によって領
地を受けた児玉党の本庄太郎家長が、かねてより信仰していた相州大山石尊大
権現を、領地内の当所に勧請したのが始まりである。文明十三年(一円へ)その
隣接地に、本庄藤太郎雪茂(僧号伊安)が若泉山安養院無量寺を開基し、以後、
明治初年の神仏分離まで、同寺が別当職を務めた。
一方、天神社は、「阿夫利天神社由緒書」(埼玉造害第三巻所収)によれば、天
正二年(一五七四)に本庄城主本庄宮内少輔実忠の命により城の鎮守として奉
斎されたことに始まる。本庄氏退去の後、城主となった小笠原掃部太夫も、鎮座
地のほかに五反余の土地を寄進し「天神林」と名付けた。慶長十七年(一六ー)
小笠原氏国替に伴い本庄城が廃城になると、天神社は村人の手によって守られ、
名主七左衛門・問屋伊左衛門らが中心となって寛永六年(一六ニル)に御霊を天
神林に再建した病へ移した。寛文七年(一六六七)に同社は、別当寺管霊山自在
院慈恩寺境内(現在の照若町)に移された。その後、大正二年に町役場建設用地
として天神社鎮座地が指定されたことにより、阿夫利神社に合祀となった。
平成十二年一月、放火により社殿が焼失したが、御神体が残り、平成十四年
九月に再建され、現在に至っている。
ロ 御祭神
・大山祇大神
・天満天神(菅原道真公)
·大雷大神
‧高麗大神
ロ 御祭日
・春祭(勧学祭)(四月二十五日)
・祈年祭(二月二十五日)
・例祭(お神酒上げ神事)(九月三日)・新嘗祭(十一月二十五日)
「おいかづちのおおかみ

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2018-03-28 11:45 (0)
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