Monumento

kawa_sanpo

2016/07/22

Tags: ocr-generated 愛知県 名古屋市

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ocr-generated 庚申山
圓道寺
庚申行事
当山は昔から盛んに行われた 中行事に
もとづく 曹洞宗の尼寺院です。
この地は 東海道五十三次鳴海宿の
高札場より北へ通称、庚申坂を上った所で
鳴海城址下になります。
庚申信仰は奈良時代末期に中国から伝えられ
始めは宮中で行われていましたが、室町時代には
庶民のあいだにもひろまりました。
皮中とは暦の十千「皮」(かのえ)と十二支の
「中」(さる)の組み合わせの日や歳のことで
庚申の日は六十日ごとに回ってきます。年に六回
巡って来て六十年目に中の歳がやってきます。
今から四百年余り前の天正年間に
仁清良義和尚(瑞泉寺十一世)によって
開創されました。
はじめ猿堂寺と号し、
その後宝歴七年には地蔵寺、
安永三年に庚申堂と変遷し
昭和十七年に庚申山 国道寺と
定められました。
中縁起には「人の体内に潜むミア(さんし)の虫が
庚申の日に人の睡眠中に昇天して、天帝にその人の
行状を告げることによって人の健康や寿命などの
運命を定める。」と記されています。
その日にはニア虫が出ないように眠らずに積むこと
が行われていました。それを守り央中といいます。
江戸時代には全国各地に央中講という集まりが
出来て、夜を徹して語り明かす風習が広まりました。
のちには飲食をともにしながら人々の親睦を
より深めることになったようです。
当すも皮中の青に映中行事を行っています。
ご本尊は青面金剛尊(庚中さま)です。
本堂の屋根にはその使わしめの三猿像
(見ざる・言わざる・聞かざる)が
据えられています。
寺の沿革


庚申行事
炭中講は各央中の日 夜八時より
本堂にて、厄除け諸願成就の新構
御前 -
開創
草划州山
法寺 春 重草 開
曹洞宗(大本山永平寺、総持寺)
両全開明王
十一而規世音菩薩
天正年間(一五七ニー一五九二)
仁市民流大和尚(本ず瑞泉寺十一世)
み介誌★大和尚(本事場兼すニ十世)
聞溪被汗尼和尚(虎中堂第一代)
道本審成大和尚(本市場泉寺三十一世)
無外大山大和尚(本寺崎泉寺三十三世)
庚中真言
「おんこーしんれいこーしんれい
まいたれや そわか」
中典
す号開山
よ地開山

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2018-03-28 12:01 (0)
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