ocr-generated 若槻市指定文化財
いかつ じょう
ス
岩槻城大構 指定年月日 昭和四十九年九月二十六日
指 定 の 種 別 記念物(史跡)
所有(管理) 岩槻市本町三丁目||番五号
指
所
どる い
「そ と が ま
えぞうがまえど
てんしょう
「ごほっじょう」
愛宕神社
戦国時代の末から江戸時代の岩槻城下町は、その
周囲を土塁と堀が囲んでいた。この土塁と堀を大構
(外構・惣構・土居)という。城下町側に土塁、そ
の外側に堀が巡り、長さは約八価に及んだという。
この大構は、天正年間(一五八〇年代頃)、小田
原の後北条氏が豊臣政権との緊張が高まる中、岩槻
城外の町場を城郭と一体化するため、築いたものと
され、城の防御力の強化を図ったほか、城下の町場
の保護にも大きな役割を果たした。
廃城後は、次第にその姿を消し、現在は一部が残
っているにすぎず、愛宕神社が鎮座するこの土塁は、
大構の姿を今にとどめる貴重な遺構となっている。
文化財を大切に
神
図 愛
絵に
城上
機 塁
岩 土
かつての岩槻城大
(昭和30年代)
変化にする CU先さいた業所新御調変化