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正木操蔭事績碑
そんてどう
宝暦元年(一七五)に千住宿で開塾した寺子屋「群雀堂」のニ代目
塾主、正木大助の生涯についての神である。
父昌房が千住に居住し、地域の子供たちの教育を行うように
なった由来を記している。その末子として宝暦十二年(一七六二)元
日に生まれた大助は幼いころから学問に秀で、十二歳にて整主
を継ぎ、母や姉の死や貧苦を乗り越えてますます勉学に力を入
れ、これを慕って学ぶものが日に百人余りを越えていたという
ことや、六十六歳で剃髪した後も、多くの人々の尊敬を受け清
白とした生活を送っていた様子などが述べられている。
大助は天保十二年(一八四)十二月、八十歳にして死去するが、
死去間近には幕府代官中村八太夫が、その評判を聞いて見舞い、
大助の死後、老妻は扶持米を支給され、息子建には銀五錠の褒
章が与えられたことも記されている。
この事績碑は、塾主三代目を継いだ息子正木建の撰文による
もので、嘉永五年(一八五二)に建立されたものである。寺子屋教育
の様子を物語る貴重な資料である。
平成二年一月、足立区有形文化財に登録された。
平成4年4月
東京都足立区教育委員会