Monumento

鮫川木橋の架橋

mogya

2016/04/27

Tags: ocr-generated 福島県 いわき市

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ocr-generated 2.鮫川木橋の架橋」
こん こうじこう
するはん L
明治時代に入り、明治14年(1881年)12月には船を10隻並べ鉄線でつないだ「十術稿」、さらに
は明治35年(1902年)には延長120mの木製の鮫川稿が、それぞれ渡しのあった場所に架けられま
した。国道であったため、重要な相として洪水などで流失するたびに再建されましたが、自動車が登
場する大正時代末期になると、破損の状況がひどくなり、昭和時代初期、政財界の関係者の尽力に
よって、永久橋の建設に向けた架橋運動が起こされました。
こうした運動が実を結んだのは昭和11年(1936年)のこと。新しい酸加松建設は内務省の直轄
事業として、木橋の上流100mの位置に計画され、この年の5月に待望の起工式を迎えました。
建設に済しては交通の円滑化を図るため、鮫川に至る直前で施されていた水橋付近の風を避
け、直線で鮫川を超えることとし、松建設のための基礎としては、江戸時代末期に鮫川護岸工事の功
績によって見藩主から「鮫川」姓を賜った根本左平次が築いた土
■鮫川橋の位置変遷
台を、そのまま活用しました。
昭和14年(1939年)に二代目となるコンクリート造りの新しい
鮫川橋が完成して以降、旧鮫川橋は鮫川流域の錦町における
農家の人々が対岸の耕作地に行くための通行路として不可欠で
あったことから、洪水や破損のたびに何度も架け替えられました。
しかし、次第に耕作地が放棄され、昭和57年(1982年)に流失し
たのを最後に架け替えられることなく、姿を消しました。現在は
河川改修により面影もありません。
一方、二代目の鮫川橋は半世紀以上にわたり交通・物流の大
動脈を担い地域の発展を支えてきましたが、平成23年(2011年)
2月、新しい橋にその役割を譲り、現在は松の「親柱」が引き続き
地域の将来を見守っています。
=
計ウ
附則
| 1箱(初代)
「勿来
どうみゃく
にな
中山記
もやばしら

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2018-03-28 12:15 (0)
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