ocr-generated 畳塚
とりいるとただ
じじん
鳥居元忠は慶長五年(一六oo)の関ヶ原
の戦に先立ち、徳川家康の命により伏見城を
守りました。石田三成方の大軍を引き受けよ
く戦いましたが、約一ヶ月の攻防戦の末、伏
見城にて自刃しました。
この元忠の忠義を賞賛した家康は、自刃の
さいの血に染まった畳を江戸城の伏見櫓の皆
上に置き、登城する諸大名に彼の忠義をしの
ばせたと言われています。
その後、明治にいたり江戸城が明け渡され
たため、ゆかりの深い現在の地に納められ、
『畳塚』と称えその上に記念碑が建立されま
した。
*元忠の命日(旧暦の 八月一日)には、勇壮
な武者行列が昭和初期まで行われていました。
平成十五年三月一日
壬生町教育委員会