Monumento

kawa_sanpo

2016/04/21

Tags: ocr-generated 静岡県 掛川市

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ocr-generated 川 坂屋 お茶室
(掛川城主太田侯「掛川倍楽園」お茶室)
この茶室は、もとは、文化二年(一八〇五)掛川城主太田候により
「掛川倍楽園」に建てられたもので、明治元年(一八六八) 川坂屋に譲られました。
このことについて掛川市誌(昭和四十三年発刊)には、「日坂の川坂屋
に数寄屋造りの茶室がある。母屋から離れて別棟に建てられている。
これは掛川城王太田資順が西南久保沢に建てた悟楽園の茶亭を引き移し
たものである。・・・(後略)・・」とあります。
茶室は食い違いに続く六畳二間(京間・関東間)とそれに付属する縁側
で構成され、京間寸法の部屋には、点前座の脇に「洞庫」が設けられており、
床の間の壁は掛川特産の葛を使った「葛壁」です。
床柱は大変珍しい「そめつつじ」の巨木で、かつて島津侯より贈られ
「水戸偕楽園・何個庵」の床柱と二分されたものとも伝えられております。
(玄関にあたる部分と水屋の部分は今回の復原工事で付け加えられました。)
お名
尚、この茶室は次に示すように、文化二年の建設以来、何回か移築されております。
・文化二年(一八〇五)掛川城主太田侯が久保沢地内の「掛川倍楽園」に建設。
・老中水野忠邦による天保の改革(天保十二年・一九四一年より始まる)
のとき取り壊し、掛川城内に移築(城内での場所は定かではない)された。
明治元年(一八六八)幕府体制の崩壊で、最後の藩主太田資美は
上総国(千葉県)に国替え。このとき齋藤家(川坂屋)に譲られ、
上段一の間の南東側に造られた。
昭和二五年(一九五〇)、国道が邸内を二分したため、
東側山沿いの蔵の隣に移築。
平成七年(
一九九五)、バイパス工事のため茶室は解体、日坂地域で保管。
・平成十五年(100)、川坂屋母屋の北側への復原工事が竣工。
※久保沢地内の「楽園」について、水戸との混同を避けるために、
ここでは「掛川倍楽園」と表記しました。

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2018-03-28 12:38 (0)
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