Monumento

kawa_sanpo

2016/04/21

Tags: ocr-generated 静岡県 掛川市

Guide plate text

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ocr-generated

か月 ん
江戸時代末期の旅籠。嘉永五年(一八五二)の日坂宿大火で焼失し、その後
まもなく再建されました。再建時期についての明確な資料はありませんが、建
物内部の構造体や壁に貼られた和紙に書かれていた「安政三年丙辰正月…」
から考えまして、安政年間(一八五四~一八五九)のしかも早い時期かと思わ
れます。
同じ宿内で、筋向かいの「川坂屋」が十分格の宿泊した大旅籠であったのに
対して「萬屋」は庶民の利用した旅籠でした。
一階に裏手に抜ける通り土間がないこと、台所が不明であること、二階正面
の出格子が二階床と同じ高さで、腰高の手すりが付き、大変開放的であること
などが、この旅籠の特徴です。又、一階正面の新戸(しとみど)は当時の一般
的な店構えの仕様であり、日坂宿では昭和二十年代まで数多く見られました。
)とけ庶向
f回る民か
微ド通の
り利の
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ま時 あ
尚、文久二年(一八六ニ)の宿内軒並取調書上帳(古文書)には「萬屋」に
ついて次のように記されています。
間ロ 四間半
三拾三畳 旅籠屋
六畳
七間半
惣畳数×三拾九畳
惣坪数、三拾三坪七分五厘
奧板量問
行銷
嘉」
今回の修理では、主に一、二階の正面を復原することを目的とした
部は大きな復原をしませんでしたが、調査結果は図の様になり、階
対であったり、二階が四間あったと思われます。文久二年の記載との違いは、
この記載が旅籠の営業部門のみを記載しているためです。記録に見ら
と解体調査の結果から考えて、食事を供しない宿であったとも思わ
「め文図る
萬屋想定復原図
畑にさying Q

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2018-03-28 12:38 (0)
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