Monumento

shijia

2016/03/29

Tags: ocr-generated 千葉県 習志野市

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ocr-generated 菊田 神 社 御由緒
御祭神 大己貴大神(大国主命) 藤 原 時 平命


歳旦祭、追俳祭、例祭(十月十九日)
七年目式年大祭 丑年、未年十一月日はその年において決める)
由緒
古伝によれば、当神社は久久田大明神と称して、弘仁年間(西暦八-0年代)今より約」、10
0有余年前より御社として祭祀されてありました。当時は、この境内地は小嶋であって、この場を
中心として東西両側は立で、砂土堆積している入江でありました。住民の多くは西側の丘に住居を
構えて生活をして居りました。住民は鴨の上に鎮座されていた御社、即ち久久田大明神を産土神お
よび氏神として奉斎信仰していました。なお、旧九月十九日を例祭の日と定めて、年毎に祭事を執
行していました。また、住民は地内並びに周辺(近隣)の人と縁結びしますと、これがまことに夫
婦円満の家が多く出生兄達もみんな丈夫に生長し、長命の人も多く、それ故に住民はこの久久田大
明神を特に縁結びの神、厄難除の神、安産の神として崇敬し、商売繁昌の神(後年この地に商人が
出来て、このお宮に祈願したところ何れも商売が繁昌した)としても崇敬しました。
治承四年、藤原師経、藤原師長卿の一族郎党当国に左遷の助り、相模国より船に乗船し相模灘を
経て袖ヶ浦にと来ましたところ、海上少し荒れていた為に何処か波静かな所はないかと探し求めて
いましたところが、たまたま久久田浦の入江 と嶋を発見しましたので、一同はこ、に船を漕ぎ来た
りてこの場に着船上陸しますと、住民達が崇敬しているお宮がありました。即ち久久田 大明神のお
宮で、師経卿、師長は無事に此処まで安者の出来たことはこの祭神の御神徳によるものであると
して深く感銘されて、この御社を崇め奉りてこの地を安住の地と定めることとし、同時に祖先の人
金六十代醍醐天皇の御宇延喜左大臣藤原時平命を合せ祀り住民と共に奉斎崇敬しました。後に師経
の一族は三山の郷(現在の二宮神社の鎮座の地)に移住したと伝えられています。
その後星移り年変りて入江も浅瀬となり、この鳴の土と東西の丘の土を採取し浅瀬に盛土して水
田を拡げて氏神の社名に相応しく永く久しく栄える国として耕作するようになりました。またこの
境内地が船の形をしているのは、師経一族郎党が着船したのを記念とするために浅瀬を盛土すると
さにこの形を造ったと伝えられています。
御社号改名 寶暦年間桃園天皇の御代に社名を菊田大明神と改名(古老の云伝えによれば、菊はロ
が国の名花、菊文字は久久の文字よりも御社名には相応しいとの所以によって改名されました。)
御社殿康元元年に木造に改造営、慶長二年五月、正保三年九月、寛保二年九月、「賞暦三年
九月拝殿を造営」寛政八年十一月、文政三年八月、弘化三年九月に夫々改造営、明治二十六年十ニ
月に拝殿再造営、昭和四十八年九月、本殿、拝殿屋根銅板瓦葺に改修、平成七年九月神輿新調、
神輿庫政築。
祀 大正元年十一月、区内各町(本郷、丸田、下宿、浜宿)に鎮座されていた八坂神社、
金刀比羅神社、大山祇神社、水神社、稲荷社、雷神社の御祭神を合祀。
平成二十二年九月吉日
菊田神社

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2018-03-28 12:40 (0)
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