Monumento

kawa_sanpo

2015/10/10

Tags: ocr-generated 静岡県 静岡市

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ocr-generated じゅりんざんじ うんぜんじ
林山 慈雲禅寺の由来
慈雲禅寺は今からおよそ四百数十年前(十六世紀末)
「安禅師によって、聖観世音菩薩を本尊として開創
された臨済宗妙心寺派の禅寺である。
臨済宗は、お釈迦さまの正法を受けつぎ、初祖達磨
大師 宗祖臨済禅師白隠禅師に及ぶ禅宗で自心佛で
あることを信じて坐禅に励み、本当の自分にめざめ
脚下照顧めて生きることを信条にしている。
慈雲禅寺の開創後百年の記録は、宝永四年(bot)の
震災でことごとく焼失して定ではないが、宝暦年間
(十八世紀中頃)に至り、長泉智牛和尚によって再興された。
長泉智牛和尚は、豊後国(大分県)に生まれ、白隠禅師に
師事した高僧で、常に農業の振興につとめ、当時やせ地に
悩む三保の農民を救う為、遠く九州からサツマイモの
苗を取り寄せ、農民にすすめた、サツマイモは砂地でも
良く育ち、たちまち三保全土に広がった。そして、慈雲寺の
芋和尚と親しまれ、長い間初穂七俵を贈る船が出さ
れたという。
しかし安政元年(一八五四)の大地震により、諸堂は
全壊、続いて明治維新で寺領の概略没収された。
明治五年(一八七三)学制発布に基づき、翌 六年 本堂
に入江小学校の前身である 入江学舎が創立されたが、
その運営は困難をきわめた。その中で、時の住職
瑞道和尚は、読み書きを学ばせ、体操のかわりに縄を
なわせ、女子には子守をさせながら、畑の業をつませて
養蚕をおこない、機織り返し、その利益で筆や紙を
買い学校を続けたという。
昭和に入り、第二次世界大戦の空襲によって、諸堂
全て焼失、戦後焼け野原から、正道和尚・光堂和尚により
庫裡本堂、山門等再建し現在に至る
尚小芝城か、駿府城築城の折巴川に沈んだ八つ石が山内に残っている。
林山 主記
成十四年一月

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2018-03-28 13:05 (0)
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