Monumento

kawa_sanpo

2015/07/05

Tags: ocr-generated 栃木県 小山市

Guide plate text

This content was transcribed by optical character recognition. Please cooperate with proofreading.

ocr-generated 大橋訥庵・老子旧居跡
当地栗宮の医師大橋英辞の子で宇都宮で母
方の姓を嗣いだ菊地淡雅は、江戸日本橋に出た
豪商で、文化人としても知られていました。
娘巻子に生家大橋家を嗣がせるべく迎えた婿
は、昌平黌教授 佐藤一斎門下の俊オで、大
橋訥庵を名乗り、日本橋に思誠塾を開いて、
当時の青年志士に大きな思想的影響を与えま
した。
しかし、尊王攘夷を唱え、幕政を批判するな
ど先鋭的でした。坂下門外の変への関与を疑
われて投獄され、出獄後文久二年(-八六二)
病没しました。四十七歳でした。その経緯を
綴った妻巻子の歌日記「夢路日記」が刊行さ
れると当時のベストセラーとなりました。
中でも夫庵の生涯を追想した詠、
天がける魂の行方は九重の
御階の下をなほや護らん
は、夫を支え通す貞節な妻の生き方を示すも
のとして賞賛されたのでした。明治十四年(一
八ハー)五十八歳の生涯を終えます。巻子は
この地に一時夫妻で居住したと伝えられてい
ます。
兵学者
(略系図)
清水赤城納庵
『陶庵
(大橋)
巻子
栗宮・医師
大橋英齐—淡雅
(菊地)
教中
(菊地)
民子
間々田商工会
Gユ歴史研究会

Texts

monumento
2018-03-28 13:13 (0)
monumento

Comments/Photos

Footprints

0 footprints lefted here.

Embed tag

Guide plate Tour

Spots near

kawa_sanpo (2015/07/05)
Tags: ocr-generated 栃木県 小山市
kawa_sanpo (2015/07/05)
Tags: ocr-generated 栃木県 小山市
kawa_sanpo (2015/07/05)
Tags: ocr-generated 栃木県 小山市
kawa_sanpo (2015/07/05)
Tags: ocr-generated 栃木県 小山市