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kawa_sanpo

2015/06/28

Tags: ocr-generated 栃木県 野木町

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ocr-generated 法 音寺の苗 薫 句 碑
芭蕉之像(「北斎漫画」)
「芭蕉翁 道ばたのむくげは馬に唆れけり」
法音寺にあるこの句碑は、安永9庚子年(1780)仲秋に、今日感安袋の門人である秋元
性本製( = 翁)が建てたものである。「道ばたの」は諸本が「道のべの」とする。「むくげ」
は木権、権である。
松尾芭蕉(1644~44)は江戸時代前期の俳諧師で、伊賀上野の生まれである。俳号はは
じめ宗房、江戸に下って桃青と号した。別号は芭蕉翁をはじめとしていくつかあるが、
好んで「はせを」、「芭蕉」と称した。「旅の詩人」、「漂泊の詩人」といわれる。
「おくのほそ道」の旅では、芭蕉は、元禄2年(1689)3月、芭蕉庵を人に譲り、河合曽
良を伴って江戸を出発、奥州、北陸へ旅立った。「曽良旅日記」によると、3月28日に野
木を通過して、小山市間々田に泊まり、翌日間々田を出たことがわかる。この間、野木
周辺や宿泊所等に関する記載は残されていない。
間々田出立後、室の八島(現 栃木市惣社町大神神社)を訪ね、鹿沼から日光を経て、自
河の関を越え、松島へ向かった。
ところで、「道のべの」の句は、芭蕉がおくのほそ道」の旅に出る5年前、貞享元年
(1684)8月、41歳の秋、江戸深川の芭蕉感を出発、門人千里を伴って、東海道は上方へ
の旅「野ざらし紀行」に向かった際につくられたものである。大井川を越えたあと、8月
20日過ぎのことで、小夜の中山(現静岡県掛川市日坂付近の名所)越えをする前に、馬上
から詠まれたものである。この句のほか、「山房来て何やらかしすみれ草」、「幸崎の
松は花よりおぼろにて」の句が当時評判になったとされる。
この株は江戸出立以来、9か月にわたる長旅で、人生を旅とする俳諧の始まりであっ
た。
野木町教育委員会
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上野
下野
江戸
「おくのほそ道」行程図( )内は現在の地名

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2018-03-28 13:15 (0)
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