Monumento

kawa_sanpo

2015/06/28

Tags: ocr-generated 栃木県 野木町

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ocr-generated 日光 道 中 野 木 宿
江戸時代の野木宿は、古河宿より25町20間(約2.8km)、間々田宿へ
1里27町(約6.9km)にあった宿場町である。
野木村の成立は、野木神社の周りに住居したのがはじまりで、そ
の後文禄年中(1592~95)に街道筋へ出て、馬継ぎが開始され、新野
木村が成立した。まもなく野木村も街道筋へ移動して町並みとした
(「野木宮要談記」)ようである。慶長7年(1602)には本野木・新野木
村を併せ、野木宿として成立した(「日光道中略記」)。こうして日光
道中も東海道・中山道と前後して、慶長期(1596~1614) ころから、
宿駅の設定や街道の整備が進められたとされる。
宿の規模は、天保14年(1843)では、下記の通りである。
宿の長さ 22町27 間 家 数
1か所
126軒 -里塚
高札場
1か所
宿の町並み 10町55間 神定人, 25人25
大 0軒
宿 高
286石余うち囲人馬 5人 5
中 2軒
3,600年
地子免許
1軒
本 陣
1軒
小 23軒
人 ロ
527人 脇本陣
271人 問屋場
4か所
「日光道中宿村大概帳」)
256人
野木宿は小さな宿場町だったので、街道が整備され、通行量が増
大すると、その負担に耐えられなくなっていった。そこで、宿人馬
をたすける助郷の村々、23か村が野木宿に割りあてられた。勤め高
は合計7,384石余りであった。その多くは古河藩内の村々で、現在の
野木町城(川田を除く)、小山市平和などの台地上の村々と思川西部
の水田地帯の村々があてられた。


日光道中分間延絵図
(東京国立博物館蔵)
野木町教育委員会

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2018-03-28 13:15 (0)
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