Monumento

kawa_sanpo

2015/06/28

Tags: ocr-generated 栃木県 野木町

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ocr-generated 日光道中 野木宿周辺の松並木
日光道中今市宿を合流点に、日光道中、例幣使道、会津南山通り(西街道)の両側には杉並木が植えられている。
この杉並木は、武蔵国川越城まの松平正綱が、宮永2~3年(1625 ~6)から約20年の歳月をかけて植えつけ、移
並木を寄進したものである。
日光道中野木周辺では、杉並木ではなく、松並木が続いていた(「増補行程記属岡市中央公民館蔵)。この松並木
は、元和8年(1622) 古河藩主永井右近大夫直腸が、中田より小山までの街道に、松を植えたといわれているF
総国古河城主代々記 田波忠昭家文書)。またその子尚政が寛永期に植えたともいわれる(小山市立博物館まづ
号」)。元和から寛永期(1615~43)までには松並木ができたということになる。
弘化2年(185)、山形藩主秋元志朝は上野国館林へ国替えとなり、家臣山田 春太夫は妻音羽(とも50歳)とと、
もに移動することになった。音羽は、間々田より女沼に向かう付近で、松並木をとおる一行の絵と歌を残してい
る(「道中記」)。
「暑さがしのぎにくいほどで、松並に風音涼しく吹いて聞こえてくる、松風を琴のしらべに聞なして 心なぐさ
む旅の道野邊』」。進んで野木では、「北辺は皆松並木で景色がない、…それに松なみの間 苫小石を敷いてある
ので、足が痛んだが、…歩を進め、ハッ半頃であろうか 古河の宿へ着いた」とあり、ずっと松並木が続いてい
たことがわかる。
なお、野木宿内では松と杉が植えられていた(「日光道中分間延絵図」東京国立博物館蔵)ようである。
至乙女村
至古河
日光道中分間延絵図
野木町 教 育 委 員 会

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2018-03-28 13:15 (0)
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