Monumento

kawa_sanpo

2015/06/20

Tags: ocr-generated 栃木県 栃木市

Guide plate text

This content was transcribed by optical character recognition. Please cooperate with proofreading.

ocr-generated 下野新聞と栃木
「下野新聞」の前身である「栃木新聞」は栃木町で産声をあげた。いわゆる
第一次栃木新聞である。ここからさほど遠くない栃木町万町一丁目一七番地
の万象堂から一八七八(明治十一年六月一日に創刊された。タブロイド判四
ページ、月八回の発行で一部一銭五厘。わずか五カ月後の第三七号で廃刊になる。
しかし、啓発的新聞の発行をめざした田中正造らは、田中自らが編集長に就き、
七九(明治十二年八月二日、栃木町旭町一丁目一五九番地の共進社から第二)
次栃木新聞を発刊した。
第二次栃木新聞も経難で経営陣を刷新したものの台所は火の車。こうした中、
足利町四丁目で「足利新報」を発行していた旭香社と合併する。八二(明治十五)
年九月八日、社名を旭香社と変え第三次栃木新聞が生まれた。
八四(明治十七)年一月、県庁が栃木町から宇都宮町に移転したため、宇都
宮移転を決定、「下野新聞」を発行していた鶏鳴社と合併し社名を旭香社と
した。同年三月七日、題字を「下野新聞」として第一号が誕生した。下野新聞」
は県民の支持の下、その後順調に発展、今日に至っている。
付記
「本建物は元肥料豪商で知られた毛塚八が建てた蔵屋敷を修復したものである。毛
塚家は、江戸中期後半から昭和初期まで続いた県内きっての肥料・準の豪商であり「栃
木の毛」とまでいわれた。表通りの「見世蔵」は二代目八が一八六一(文久元)
年六月に建築したもので、直径四〇センチを超える長さ九メートルの松の梁には「文
久元年卒西六月吉日 毛塚二代目八建立 棟梁鈴木七右衛門作 仕事使関口幸助」
と記してある。
下野新聞計
一九九九年三月の創刊一五周年を記念して当見世蔵を支局とした。

Texts

monumento
2018-03-28 13:16 (0)
monumento

Comments/Photos

Footprints

0 footprints lefted here.

Embed tag

Guide plate Tour

Spots near

wawa (2018/07/31)
Tags: 錦鯉 系統図 栃木県 栃木市
kawa_sanpo (2015/01/12)
Tags: 粟田口留三 ハーフティンバー形式 栃木市教育委員会 栃木県 栃木市
kawa_sanpo (2015/01/12)
Tags: ハーフティンバー形式 栃木市教育委員会 国登録有形文化財 麻苧 栃木共立銀行 栃木県 栃木市
kawa_sanpo (2015/01/12)
Tags: 巴波川 山本有三 近竜寺 満福寺 auto-translate 神明宮 栃木県 栃木市