Monumento

kawa_sanpo

2015/05/30

Tags: ocr-generated 埼玉県 久喜市

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ocr-generated 久喜市指定有形文化財(彫刻)木造阿弥陀如来立像
指定年月日 昭和五十三年三月二十九日
所 在 地 久喜市栗橋東三ー十四 - 十四(顕正寺)
この阿弥陀如来像は、寄木造りの立像で、像高七九センチメートルを測
り、鎌倉時代の作といわれている。
玉眼(目玉の部分に水晶をはめ込む)で錆下地に漆箔を塗布、内引り
(木像の内部を削って空洞にすること)が施され、螺髪(如来の巻毛をか
たどった頭髪)を彫り出し、肉(肉のかたまりのような)と白竜珠
(眉間の中央に生えた白い柔らかい毛)には水晶が装入されている。当時
の仏師の技を確認することができる貴重な資料である。
顕正寺は、真宗大谷派東本願寺末にして、幡谷山破邪院顕正寺という。
開基は、常陸の国幡谷の城主、幡谷次郎左衛門尉信勝である。
信勝は、水戸城より10キロメートル南の地に城郭を構えて居住して
いたが、出家して親鸞聖人の弟子となり唯信と名を改め同所に光念寺を
建立し、十字の名号を本尊としていたが、同寺はやがて兵火にかかり消
失してしまった。
「その後下総国古河領中田新田村膝の森に聖徳太子作と伝えられる阿弥
陀如来の木像を安置したお堂があったので、ここに引き移り、これを本
尊として寺号を幡谷山破邪院顕正寺と称した。十六代善了の時、栗橋町
の開発者池田鴨之介の招請によって慶長十九年(一六一四)、寺と阿弥陀
如来像とをこの地に移した。
平成二十六年二月十六日 久喜市教育委員会

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2018-03-28 13:19 (0)
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