Monumento

kawa_sanpo

2015/05/10

Tags: ocr-generated 静岡県 三島市

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ocr-generated 「ふるさと人物シリーズ」
世 古 六太夫(せこ ろくだゆう)
天保九年一月一五日~大正四年一二月三一日(一八三八~一九一五)
三島を危機から救った最後の本陣主。
世古六太夫は川原ケ谷村(三島市川原ケ谷)に栗原嘉右衛門正順を父として天保九年(一八三八)一月一五日
に生を受けました。六太夫は世古家相続後の名前。通称は六之助、緯は直道と称しました。栗原家には甲斐源氏
の一族であり甲州山梨郡日川村下栗原に館を持つ城主だったという伝えが残り、この旧家で六之助は少年時代を
過ごします。一四歳の時、江戸初期より三島宿本陣を務めていた世古家に入り、本陣業務や副業だった三度飛脚
運送業の手伝いに従事し、閑を見つけては四書五経を読み剣道を習って人間に磨きをかけ、一五歳で、世志家の
嗣子に決まります。本陣主及び三島宿の問屋役を務めるなどの働き盛りに、人生最大の山場を迎えます。世は幕
府崩壊が迫り新政の夜が明けようとする動乱の時。慶応三年。重山農兵の世話係を務める六太夫は、箱根関所を
破り逃走した薩摩の浪士脇田一郎ほか二名を代官手代と協力して原宿一本松で召し捕っています。翌明治元年。
幕府を脱した二百余名が沼津・霊山寺に陣取り、脇本陣・柏屋鈴木伊兵衛方に本営を置き、明神前に陣を張る官
軍とが三島宿を挟んで対峙した際には、問屋役人でもあった六太夫は三島明神の矢田部式部らと必死で両者の調
停をはかり、戦渦に巻き込まれる寸前で一触即発の危機から三島を救
いましたが、結果、六太夫は幕府に通ずる者との嫌疑を受け官軍に捕
らえられます。
明治時代。一転、実業家として、また三島の教育を発展させる立役
者としてめざましい活躍をみせます。明治五年に伝馬所跡に設立した
私立学校「開心舎」に、続いて二年に三島の小学校の前身となる
新校舎建設に際し、物心両面に及ぶ尽力を惜しまなかったといいます。
また自らは通信運輸事業を展開して三島の郵便局の礎を築きます。
たるるるが、で活務のあふ
二八年、三島を引き払った後、沼津・牛臥に旅館「三島館」を建て、
あ~る破れる。うされる。
大正四年(一九一五)に没するまで当時の各方面に亘る著名人とも交
存の3枚む・沖落の花」
遊をもって晩年を過ごします。享年七八歳。
法名「本行院直道日壽居士」
平成一〇年二月
当長円寺墓地に埋葬されています。
「三島市教育委員会
みまくかけて
はいえいか
いよいつま然ちろう博道

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2018-03-28 13:24 (0)
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