Monumento

kawa_sanpo

2015/04/29

Tags: ocr-generated 埼玉県 草加市

Guide plate text

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ocr-generated 解説板 望楼(Watchtower)」
「望楼とは、遠くを見渡すための櫓(やぐら)のことをい」
います。常に見張りを置いてまちなかの火事発生の発見
に努めるための施設でした。
「この望楼は、石垣の上に埼玉県産のスギ、ヒノキを使っ
た木造の五角形の建築物で、高さは11.1mあり、内部は
螺旋階段になっています。午前9時から午後5時までの間は、
自由に内部に入ることができ、草加市を一望することが
できます。
●草加宿
「当時の日光道中の千住と越谷の間は沼地が多く、大きく」
迂回して通らなければなりませんでした。そこで、宿篠
葉村(現・松江)の大川図書という人物が村民と共に、茅
野を開き、沼を埋め立て、それまで大きく東に迂回して
いた奥州街道をまっすぐにする新道を開いたといわれて
います。1606年(慶長11)のことです。この時、沼地
の造成に沢山の草が用いられたことから「草加」と呼ば」
れるようになりました。その後、直線となった千住・越
谷間に宿駅を設けることが幕府によって命じられ、1630
年(寛永7)に中間宿として、新たに草加宿が日光道中第
2の宿駅として指定されました。
「開宿当時の草加宿は、戸数84戸、旅籠屋(旅館)が5~
6軒、他の店舗は豆腐屋、塩・油屋、湯屋(銭湯)、髪結
床(床屋)、団子屋、餅屋が1軒ずつ軒を並べる程度の
小規模な宿場町でした。それから約150年後、1843年(天
保14)の調査によると戸数723戸、人口3,619人と南北
12町(1.3km)にわたって家々が軒を接し、本陣・脇本
陣各1軒、旅籠屋は67軒まで増加しました。城下町を除
くと、日光道中では千住、越谷、幸手に次ぐ規模にまで
賑わいをみせるようになりました。

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2018-03-28 13:27 (0)
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