Monumento

kawa_sanpo

2015/04/29

Tags: ocr-generated 埼玉県 草加市

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ocr-generated 解説板 東福寺(Toufuku-ji Temple)
Toufuku-jp (temple)
東福寺は、草加宿の祖・大川図書が創建した寺です。正式には「松寿山
不動院東福寺」といいます。1606年(慶長1)に大川図書によって創建され、
僧 賢者(けんう)が開山したといわれています。本堂は明治年間にわら量
から瓦葺になり、1993年(平成5)には大規模な改修が行われました。境
内の墓地には大川図書の墓があります。山門、本堂外陣欄間、鐘楼は市指
定文化財で、「草加八景」の1つでもあります。
●山門
山門は、表の柱間十尺、妻八尺五寸の接瓦葺四脚門です。四脚門は、本
柱(円柱)の前後に控柱(角柱)が四本立つことから四脚門といわれます。本
柱は、礎石上に立ち、柱頭は冠木を架し、控柱は、稼(ちまき)を付して礎
盤上に立っています。江戸時代の木割害によって造営されていますが、一
部手法は桃山頃になった木割書「匠明」と規を一つにしています。
Toufuku-ji (temple), formally named Syojuzan
Fudouin Toufuku-ji, was built by Zusho Okawa
in 1606, in consultation with the inhabitants of
other hamlets in the area.
Zusho Okawa, in consultation with the
inhabitants of other hamlets in the area, built
Toufuku-ji (temple), formally named Syojuzan
Fudouin Toufuku-ji, founded by Buddhist priest
Kenu. The main hall of a Buddhist temple
consisted of thatching a roof for tile-roofing in
the Meiji year, and large-scale repair was
performed in 1993. There is the grave of the
Zusho Okawa in the graveyard of the precincts.
The main gate of a Buddhist temple, main hall
of a Buddhist temple outer chamber of a
Buddhist temple carved wooden panel above
paper sliding door, the bell tower are one of
"the Soka eight beauty spots" in city designated
Cultural assets.
The bell tower
This bell tower has an inscription to a
foundation stone, and the times can become
clear. It is estimated that this building was built
by excellent design, and this temple building is
precious as cultural assets of Soka.
●本堂外陣欄間
本堂の外陣には江戸の名工・島村園哲作の三枚からなる見事な彫刻欄間
があります。中央は173 cmもある大きな彫刻で仏教の守護神である竜の
構図です。竜は水に縁のある空想の動物で、伽藍を火難から守る願いもこ
められているものと思われます。
左右はやや小さく、中国の二十四孝の一部です。象と耕作しているのは
大翔です。大舜の親につくす孝養に、鳥獣まで感じ、象きたりて耕作をた
すけ、鳥まで草をとりて耕作の助けをしている構図です。
一方ひざまずいて天女を見あげるのは童永です。董永は家まずしくとも、
親に孝養の限りを尽し、妻を迎える余裕もなく、親の死におよび身を売っ
て葬費を営みました。吾身を親のものとする至誠が天に通じ、天女きたり
て、董求の借財をかえしても、あまりある織物を作りあげ、昇天する構図
です。
Zusho Okawa
Zusho Okawa served Hojo of Odawara, and
Tsuchimoto was said to have given its name. In
1590, he spent time as wave personality with
Iwatsuki lord of a castle, Ota Bichunokami, by
the fall of Odawara-jo Castle. At the time of
world unification of Tokugawa, it is said that he
lived in Yatsuka village. He came to move in
the vicinity of existing Matsue in search of new
land and made an effort for the construction of
Town Soka and Toufuku-ji Temple afterwards.
●鐘楼
この鐘楼は、石積みの基壇上に建ち、柱の間2.7mの方形です。絵様は
立川流を基本とし、彫刻は江戸に近い関係で、当時優秀な技法が見られ、
基壇に「文久二年七月再造立」(1862年)の刻銘があり時代が判明できます。
この建物は当時の優秀な工匠によって造営されたと推定され、本市の文化
財として貴重な寺院建築物です。
●大川図書
「大川図書は小田原の北条氏に仕え、土本氏を名乗っていたといいます。
1590年(天正18) 小田原城の落城によって浪人となり、岩槻城主太田備中
守のもとで年月を送っていたようです。そして、徳川氏の天下統一の時、
谷塚村に居住することになったと言われています。その後、新しい土地を
求めて現・松江近辺に移り住むようになり、草加宿や東福寺の建設に尽力
することになりました。

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2018-03-28 13:28 (0)
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