Monumento

kawa_sanpo

2015/04/20

Tags: ocr-generated 東京都 台東区

Guide plate text

This content was transcribed by optical character recognition. Please cooperate with proofreading.

ocr-generated てんもんだい あと
天文台跡
台東区浅草橋三丁目
この地点から西側、通りを一本隔てた区画(浅草橋三丁目二十一・
二十二・二十三・二十四番地の全域及び十九・二十五・二十六番地の一部)
には、江戸時代後期に、幕府の天文・暦術・測量・地誌編纂・洋書翻
訳などを行う施設として、天文台がおかれていた。
天文台は、同天台、浅草天文台などと呼ばれ、天明二年(一七八二)、
牛込葉店(現、新宿区袋町)から移転、新築された。正式の名を「願
暦所御用屋敷」という。その名の通り、本来は暦を作る役所「天文方」
の施設であり、正確な暦を作るためには観測を行う天文台が必要で
てんだ
よしとき
のうただたか
あった。
「その規模は、『同天台の記』という史料によると、周囲約九十三・
六メートル、高さ約九・三メートルの築山の上に、約五・五メートル四
方の天文台が築かれ、四十二段の石段があった。また、別の史料『党
政暦書』では、石段は二箇所に設けられ、各五十段あり、築山の高さ
は九メートルだったという。
幕末に活躍した浮世絵師、葛飾北斎の「富嶽百景』の内、「鳥越の
不」には、背景に富士山を、手前に天体の位置を測定する器具「弾
天儀」を据えた浅草天文台が描かれている。
「ここ浅草の天文台は、天文方高橋至時らが寛政の改暦に際して、
観測した場所であり、至時の弟子には、伊能忠敬がいる。忠敬は、全
国の測量を開始する以前に、深川の自宅からこの天文台までの方位
と距離を測り、緯度一分の長さを求めようとした。また、至時の死後、
父の跡を継いだ景保の進言により、文化八年(一八)、天文方内に「番
書和解御用」という外国語の翻訳局が設置された。これは後に、洋
学所、蕃書調所、洋書調所、開成所、開成学校、大学南校と変遷を経て、
現在の東京大学へ移っていった機関である。
天文台は、天保十三年(
一八四二)、九段坂上(現、千代田区九段北
にも建てられたが、両方とも、明治二年に新政府によって廃止された。
平成十一年三月
台東区教育委員会

Texts

monumento
2018-03-28 13:30 (0)
monumento

Comments/Photos

Footprints

0 footprints lefted here.

Embed tag

Guide plate Tour

Spots near

kawa_sanpo (2015/04/20)
Tags: 徳川幕府 米蔵 下町まちしるべ auto-translate 三御蔵 東京都 台東区
kawa_sanpo (2015/03/15)
Tags: 三条実美 台東区教育委員会 榊神社 浅草文庫 auto-translate 東京都 台東区
kawa_sanpo (2015/05/24)
Tags: 菅原道真 倉稲魂命 福寿神社 大黒天神 恵比寿神 飛梅 東京都 台東区
kawa_sanpo (2015/05/24)
Tags: 下町まちしるべ auto-translate 源頼家 旧町名由来案内 東京都 台東区