Monumento

kawa_sanpo

2015/04/18

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ocr-generated Q 蔵前 神 社 由緒 沿 革
御祭神 誉田別天皇、息長足姫命、姫大神、倉稲魂命、菅原道真公、塩土翁命
(応神天皇) (神功皇后)
御神徳 厄除開運、家内安全、交通安全、商売繁昌、学業成就、安産子育
例大祭六月第一土曜日 及日曜日
御由緒 当社は、徳川第五代将軍綱吉公が元禄六年(一六九)八月五日、山城国(京都)男山の石清水八幡宮を当地に
勧請したのが始まりです。以来、江戸城東門除の守護神ならびに徳川将軍家祈願所の一社として高く尊奉せられ、
御朱印社領二百石を寄進せられました。文政年間の『御府内備考統無』ならびに「寺社書上」には次のように記さ
れています。
石清水八幡宮。御朱印社領百石。次は、石清水八幡宮境内、拝領の領は、元禄六年五月二十七日、高野山
興山寺上り屋敷拝領つかまつり、同年八月、八幡宮社頭達ユの品、御金子三百両料補つかまつり、諸室建つ
かまつり候。共の跡、境内坪載二千二百七十一坪六合拝領つかまつり候、其の後、享保十七子年三月二十八日
類焼つかまつり候に付、借地として、元坪の通り、浅草三明町に達し置かれ候ところ、足元子年三月二十日、
寺社御奉行大岡越前守忠相、三隣町の鉄御祈願所に不相応にして、別けても、沖前の向、宜しからず候に付、
此の度、御上意を以て元地へ引き材しよう仰せ付けられ候に言、中し渡され候。
すなわち、制連三十九年後に類焼し、浅草三場町に連れていましたが、その十二条後の建手元年四月十五日、
元地である読箱(八幡町)に運ずしました。当時は神仏習合思想に基づき、全国の主妻な神社には付属して別表す
が建立されていました。そして、当社が清水八幡宮の別当寺としては、妙徳山大護院(新義真を家)が従まれ、
江戸の「切除図」にも見られます。
正式な社号は『石清水八幡宮」ですが、一般には『蔵前八幡」または「来石清水寺」と唱えられ、庶民の崇敬者が
はなはだ多く関東地方における若社の一つに数えられました。
また、天保十二年(一八四)十二月には、日本橋の「成田不動」(成田山御林宿)が、逮府の方針に基づくす社
御奉行松平伊賀守忠催の違を受けて、当社境内に遷されました。
江戸時代も華末の安政二年(一八五五)十月二日、江戸を拠った所謂「安政の大地葉」では、法学者藤田東湖を
含む一万余人もの犠牲者を見てしまいましたが、幕府は安政四年七月、書社境内に高き一丈五尺の「宝塔」「基
(大施餓鬼塔)を建立し、その十月には開眼供養を行わしめました。
明治に入ると、その三月に「神仏分離今」が布告され、別当寺である徳山大議院は廃寺となりました。そして、
成田不動は、明治二年深川に遷され、大焼鉄鬼塔も、同三年練馬の東高野山に練されました。
明治六年八月、郷社に列格し、同十一年十一月、社号をそれまでの「石清水八幡宮」から、「石清水神社」と没林、
さらに同十九年四月、再び『石清水八幡宮」と称しました。
共の後、大正十二年九月の関東大震災および昭和二十年三月の戦災により社殿を焼失、昭和二十二年九月、隣接の
稲荷神社と相観・北野天満宮とを合併合祀し、同二十六年三月、社号を「蔵前神社』と費件、平成七年十月、創建
素材から境内神社として鎮座の「健軍神社」(陸前国宮城郡鎮座議室神社拝殿)を合祀して現在に至っています。
また、当社は和撲との深い関係があります。江戸時代のことですが、女社境内で勧進大相撲が開催されました。
その回数は宝暦七年(一七五七)十月を始めとして、安永・天明・寛政・事わ・文化・文政と約七十条の間に
三十三回にも及び、その三大拠点の一つでした。
とくに、天明年間には、大関谷風や関聴小野川が、寛政年間には、大関雷電などの名力士も当社境内を舞台に活躍
していました。お社で開催された本場所では異多の名勝負が見られましたが、なかでも、天明三年(一人)
二月場所七日日、水七年(一七七八)以来、実に六十三連勝の谷風が新道小野川に「渡し込み」で敗れた一番は
は戸中大騒ぎとなりました。現在の『縦書付』は宝暦七年十月、当社で開催された本場所から始められたものです。
そして、当社で開催された宝暦十一年(一七六)十月場所より従来の進相撲が「勧進大相撲」となり、事場所
以来の『全勝負付け』も現存しています。このように当社の境内は和撲典で大いに賑わったものであり、明治時代
には花相撲が行われたりもしていました。
かる史実に基づいて、財団法人大日本相撲協会(現・財団法人日本相撲協会)より現存の社労様や石玉垣が本
納されています。
境内神社(本社)
袖标特种土
御祭神 意輪廃命
御神体 商売繁昌、五穀豊様、家内安全
例 祭 二月初午の日
平成十八年十一月吉日
蔵前神社 社務所

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2018-03-28 15:32 (0)
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