Monumento

kawa_sanpo

2015/03/08

Tags: ocr-generated 栃木県 佐野市

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ocr-generated 木造地藏菩薩立像
天和二年(一六八二) 江戸の芝白金町松秀寺より日限地蔵尊を勧
し、地蔵堂を建立したものである。像は徳一大師の作といわれ、
木造寄木造りで内ぐりされ玉眼になっている。船内には木造の僧形
があり大同二年(八〇七)空海作と刻してある。日輪光間、右手に
観丈、左手に宝珠のよく整った姿をしている。
像高 |二・五センチメートル
運台 三OOセンチメートル
銅造阿弥陀如来立像
観応二年(一三五)武州入東郡(現在の埼玉県入間郡)妙観と
鏡智が鋳造し、願主西光、同弟子隆仙の銘があり弥陀来迎(みだら
いごう)の姿を表わし、小品ながら写実的で豊かなタッチが素晴ら
しい作品である。
後陽成天皇輸顯字
唐沢山城主佐野越前守盛綱が鎌倉幕府に仕えていた時、個暮曹に
画かせた涅槃絵を奥方より称念寺(現在の涅槃寺)へ寄付された線
で天皇からこの寺号をいただいた。額字は紙本日、世耕寺派のや
わらかさの中に、豪放な桃山時代様式を現した筆跡である。
大きさ 縦「ハーセンチメートル
織 カーセンチメートル
勅額および下馬札
勅額の額字は前掲の天皇御張筆の「運気をつしたもので、ハ
個の端の紋章を記し金文字で表されている。また、下札は別想が
あるため参詣者に下馬を要求したものである。
紙本着色 十王の図
鎌倉時代に起った六道(ろくどう) 思想の形により描かれたも
ので、死後異土に入った人間が初七日より三日までの間に、十の
王庁で十王から生前に犯した罪の意を受ける日に分けて
表わしたものである。筆者は山田、年代は江戸中期頃と思われ
る。
紙本着色釈迦八相の図
釈迦の生誕から死ぬまでの八回の変化を表わしたものである。
代、作者は不明であるが、極彩色の絵巻物のようなやわらかな線は、
藤原末期のものと思われる。
木造阿弥陀如来座像
本尊は、知運大師の作といわれ、近江国(現在の滋賀県) 三井寺
から移したものといわれる。永仁五年(二九七)には、同家の一
教上人が諸国巡教のおり、本職の由緒あることを聞いてこの寺を周
建し、これが縁となり時宗に改宗したと伝えられる。
上品下生(じょうほんかしょう)の印を結び、右足を上に結談
座(けつかふざ)する通形の像で平安末期に流行した定期線(じょ
うちょうよう)の神像である。
像高 八九センチメートル
平成十九年二月二十八日
佐野市教育委員会

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2018-03-28 15:35 (0)
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