Monumento

sanpocafe

2015-02-11

Tags: ocr-generated 東京都 新宿区

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ocr-generated ナツメの木の由来について
この木は、一九○五年(明治三十八年)二月五日に、日
露戦争で旅順攻略の任にあった乃木希典日本陸軍第三指
全管と露西亜軍ステッセル軍司令官が旅順開城規約締結
の会見を行った水師営(現在の大連市水師営鎮小南村)の
民家にあったナツメの木の二世として、地元に古くから語
り継がれている木である。
このナツメの木は、かつて市ヶ谷にあった大日本帝国軍
司令本部の士官が、会見が行われた水師営の民家を訪れた
際に、記念の証としてナツメの苗木を日本へ持ち帰り、士
官たちがよく通った荒木町の料亭の庭先に植えられた。そ
の後、成長したこのナツメの木は、関東大震災の難も逃れ、
東京大空襲では痛手を被ったが、奇跡的に芽を噴出し蘇っ
たと伝えられている。平成十二年には、マンション建設の
ため、一時は、伐採の危機にも見舞われたが、地元の熱意
により、この木は、無事に荒木公園内に移植され、老木に
も係らず、毎年可憐な実を実らせ、来園者に親しまれてい
る。
「水師営のナツメの木は、「昨日の敵は、今日の友」で有
名な小学現歌「水師営の会見」の歌詞の一節に「庭に一本
菜(ひともとなつめ)の木:」と謳われている。作詞をし
た歌人であり国文学者であった佐佐木信綱は、作詞にあた
って、正確を期すため、乃木大将から当時の会見模様を直
接伺った折に、会見場所の庭の木について尋ねたところ、
「そう言えばナツメの木が一本あったのう」と答えられた
と、後年著書で記している。
日露戦争をはじめ、荒木町の歴史遺産として、この名
木の由来を、後世に語り次ぐ。
平成二十五年三月
荒木町町会

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2018-03-28 15:42 (0)
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