Monumento

kawa_sanpo

2015/02/22

Tags: ocr-generated 埼玉県 ときがわ町

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ocr-generated ◆小倉城跡 について◆
小倉城跡は、外秩父の山地と関東平野の境界にあり、大きく蛇行を繰り返す槻川の先端に
構えられている。城跡は槻川-都幾川-古荒川水系を基本に、陸路は鎌倉街道上道と山根筋
(八王子ー鉢形を結び上州へ抜けるルート)の中間にあたり、中世の幹線ルートを意識した
位置どりをとっている。
縄張り構造の大きな特徴は、自然地形を巧みに取り込むことにより、同心円的に画された
総構空間の中心に、居館と目される山麓の大福寺平場と、その背後に展開する梯郭式の要害
部分が構成されることである。
「要害部分は、南北方向に走る主尾根に沿って、郭1と郭2を並列して配置し、郭1南東と
郭2南西を堀切り、第3、第4を設ける。郭5 は、井戸沢と呼ばれる谷に面している。
郭1は、尾根の最高所に位置し、すべての導線がこの郭に収斂すること、土塁の規模が大
きく、虎口の構造も厳重であることから、主郭(本郭)として位置づけられる。この他、横堀と
セットになったクランク状の塁線の折れ、それに組み合わされた竪堀等の技術的に優れた
普請が行われている。
城跡の北東へ1.5kmの嵐山町平沢寺には、長享4年(1488)の須賀谷原の合戦の折に山内
上杉方の陣所がおかれている。江戸時代の諸記録では、『新編武蔵風土記稿』に、後北条氏重
臣遠山氏、『武蔵誌』では、比企戦国史に重要
な位置を占めた上田氏を城主としている
が、最新の発掘調査による城跡の年代推定
は、16世紀前半~後半と判明している。
この城の最大の特徴は、基盤層に結晶片, 東秩父村
嵐山町
岩の岩盤を持つことに由来する、大規模な
石垣普請にある。本郭土塁内裾や虎口部、郭
3外面を中心に随所に見られ、総延長150
m以上、最大高5mにおよび累々と積まれ
た様は圧巻であり、「石造りの山城」と呼ぶ
べき景観である。
「この城は、石垣、縄張りの点で優れた遺構
ときがわ町)
を今日に伝えており、東国の戦国期中小規
模山城を代表する史跡である。また、木の繁
茂した現在でも青山城跡や菅谷城跡を目視
鳩山町
できる位置関係にあり、山陵と河川の織り
なす景観は、比企地方の代表的な中世的景
観を今なお色濃く残している。
山小川に
■ATA
ときがわ町神場
たが
みよう

報影石片岩採石地
下里)集落
小倉城跡
彩の国さいたま
ときがわ町教育委員会
埼玉県教育委員会
自然地形の外郭線
中世の集落

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2018-03-28 15:42 (0)
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