Monumento

kawa_sanpo

2015/02/14

Tags: ocr-generated 茨城県 水戸市

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ocr-generated 考館跡
水戸第二代藩主義徳川光圀は修史の志
をたてて、明暦三年(一六五)に大日本史
(Wo巻)の編集をはじめた。寛文十ニ年
(ハセニ)にその編集所を考館と名づけ
た。老考とは「歴史をはっきりさせて、これ
からの人の歩む道を考える」という意味であ
る。
「当初は、江戸小石川の藩郷内においたが、元
暮す一年(一六九八)に水戸城に移した。
考館は、この中の敷地の一部に当たり、廃
藩置県となった明治四年(一ハセ)までの
百十三年間ここにおかれた。
この編集には多くの学者が携わったが、な
かでも導治家績党、ナ佐々宗淳、平
新原、鶴谷 藤田一正、天功売
楽里 栗田寛などが有名である。水戸藩の全
精力を傾注しだこの大事業は、ニ百五十年の
歳月を費やして、明治三十九年(一九六)
にようやく完成した。
由緒あるこの地に、その昔をしのび、これ
を建てる。

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2018-03-28 15:44 (0)
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