重要伝統的建造物群保存地区 高梁市吹屋伝統的建造物群保存地区
面積 約6.4ヘクタール
国選定年月日 昭和52年5月18日
吹屋は標高約550メートルの山間に位置し、近世以降、 銅山 で発展し、さらに ベンガラ で繁栄して財を成した地域です。
この地域一帯は、中世以降、銅の産出で知られ、江戸時代に入ると 吉岡鉱山 と呼ばれるようになり、元禄期には泉屋(住友家)、享保期には地元の大塚家が経営を行っていました。明治時代になると三菱の 岩崎弥太郎 によって近代的経営が行われ、明治時代末期から大正時代初期には 日本三大銅山 の一つに数えられていました。
また江戸時代中期からはベンガラの生産が盛んとなり、銅山とともに地域独自の産業として隆盛を極めました。ベンガラは赤色顔料で経年変化に強く、古くから九谷焼、伊万里焼などの陶磁器、輪島塗などの漆器、また衣料の下染め、家屋、船舶の塗料などに使われ、吹屋は昭和40年頃まで日本有数の良質なベンガラの産地として大いに繁栄しました。これらの産業を背景とし銅山の間歩(まぶ)(坑道口)近くに坑夫集落ができ、江戸時代中期から後期にかけて街道沿いに町並みが形成され、現在もその面影を色濃く残しています。
通りに面した主屋は江戸時代末期から明治時代初期の建築が多くを占め、切妻造(きりづまづくり)、入母屋造(いりもやづくり)、平入(ひらいり)、妻入(つまいり)のものが混在し、変化のある町並みを形成しています。屋根は赤褐色の石州瓦で葺き、土壁は赤土を使うことで薄い紅に色づき、格子もベンガラ塗とするなど優れた意匠の町家が多く、周囲の自然環境とともに特色ある町並みを構成しています。
昭和52年(1977)に全国で8番目となる 重要伝統的建造物保存地区 に選定されて以降、吹屋町並保存会により、町並みの保存活動が積極的に行われています。
高梁市吹屋伝統的建造物群保存地区 重要伝統的建造物群保存地区 吹屋ふるさと村 岡山県高梁市成羽町吹屋 |