源敬公廟
本廟は 徳川義直 公の遺命により中国人 陳元贇 の設計になり 儒教 式の配置であり 江戸時代 初期の廟建設中の異彩ある代表建造物として注目すべきである
一段高き壇上内に円形の墳墓、石標唐門を立て正面に焼香殿敷石参道竜ノ門を作り側面に宝蔵及殉死者9名の墓標を立てり周囲は築地塀をめぐらし屋根は全部銅葺である各所の扉の彫刻は名工の 左甚五郎 の作と傳えられる
廟の前の庭は敷石参道を挟み蓬莱山鶴島亀島を作り枯山水の平底で小石を敷き廟前庭園として清楚なる眺めである先般 伊勢台風 のため巨樹老木が倒壊し風地●●したるは残念である