Monumento

kawa_sanpo

2015/01/18

Tags: ocr-generated 茨城県 龍ケ崎市

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ocr-generated 龍崎市指定文化財 雕刻
八坂神社 本殿
昭和五十四年三月三十一日指定
しもこうべ まさよし
やすさのおのみこと
た再再 と
ましまろ
「文治年間(一八五~一八九)、常陸南部を領地としていた下河辺政義が、
龍ヶ崎の開拓に当り、高井(貝原塚)の農民を移住させ、その鎮守天王社を寺
院とともに現在の根町の地に分祀したのが当社のはじめであるという。祭神
は建速須佐之男命である。
天正五年(一五七七)九月、天王社を根町から現在地に移し、龍ヶ崎の鎮守
とした。以来、代々の領主と住民との厚い信仰によって今日に至っている。
本殿その他の設営物は、元禄十一年(一六九八)、甚だしく腐朽したため、
再建。しかし、正徳五年(一七一五)に祝融(火事)に見舞われ炎上した。翌年、
再建の起工に当り、幕府旗本として八代将軍吉宗に仕え、側衆の要職にあっ
た旧領土岐氏の孫土岐信濃守朝治は、自ら旧領土を見舞い、天王社再建の
ため工匠を雇い、現社殿を指揮奉納した。全面の彫刻美術は当時の信仰に裏
付けられた元禄文化の粋である。
当社には、享保の再建時の棟札が二枚ある。一枚は享保元年(一七一六)
月吉祥日のもので、棟梁名など職人名の記載がない。それに対して享保二十
年(一七三五)九月二十三日のものは「常陸国筑波作 棟梁 関口喜平次 高
鳩喜三郎」以下大工・木腕などの名前が記されている。前者が着工・後者が
竣工時の棟札と考えられる。
当時の高名な宮大工が建築した当本殿の建築構成と彫刻技術の見事さを味
わっていただきたい文化財である。
龍ケ崎市教育委員会
平成六年三月
文化財をたいせつにしよう

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2018-03-28 15:48 (0)
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