Monumento

箕作阮甫

2019-08-31

Tags: ペリー プチャーチン 天文方 箕作院甫 蕃書調所 岡山県 津山市

Guide plate text

幕末の対外交渉に活躍
 箕作院甫
  (みつくり げんぽ)
 (寛政十一年(一七九九)~文久三年(一八六三)
 MITSUKURI GENPO

この像は、西洋の学問を志した院甫が、文政六年、藩主に
随行して初めて江戸へ旅立とうとする、立志の姿である。

 幕末を代表する蘭学者 箕作阮甫は、津山藩医 箕作貞固の三男として
西新町に生まれた。文政二年(一八一九)津山藩医となる。
文政六年(一八二三)藩主の参勤交代に従い江戸に出て、蘭学の大家で
あった同藩医宇田川玄真に入門。
天保十年(一八三九)から、幕末天文方 で外国文書の翻訳に従事する。
嘉永六年(一八五三)、ペリー 来航時には、幕命によりアメリカ合衆国大
統領の国書を江戸城に登って翻訳した。 また同年来航した ロシア使節
プチャーチン との応接のため長崎に赴くとともに、翌年の伊豆下田での
交渉にもたずさわっている。
 安政三年(一八五六)、幕府は蕃書調所 (東京大学の前身〉を創設、阮甫は
教授職へ今の総長格〉に任命され、その基礎を確立する。また、日本
最初の医学雑誌「泰西名医彙講」をはじめ「外科必読」・「産科簡明」、
語学では「和蘭文典」・「改正増補蛮語箋」、西洋地誌では「八紘通誌」・
「地球説略」など、その生涯で九九部一六〇冊の著訳書を残した。
 阮甫の子孫からは箕作省吾、箕作秋坪、箕作麟祥、呉文聡、呉秀三、
箕作奎吾、菊池大麓、箕作佳吉、箕作元八など、幕末から明治期の日本
近代化を支えた そうそうたる学者が輩出している。

Texts

2019-10-16 19:04 (0)
shouhaku
monumento
2019-10-16 18:54 (0)
monumento

Comments/Photos

shouhaku almost 3 years

箕作阮甫

shouhaku almost 3 years

#<User:0x007f0597c64ca8> 箕作阮甫像(津山駅前)

Footprints

0 footprints lefted here.

Embed tag

Guide plate Tour

Spots near

shouhaku (2019/10/16)
Tags: 国指定史跡 1603 1873 1604 廃城令 平山城 唐破風 森忠政 千鳥破風 鉄砲狭間 津山城跡 1616 輪郭式 弓狭間 石落し 1900 森蘭丸 長継の子長直 備中西江原藩主 1706 播磨赤穂 松平宣富 秀康 1871 岡山県 津山市
wawa (2017/07/26)
Tags: ocr-generated 岡山県 津山市
wawa (2017/07/26)
Tags: ocr-generated 岡山県 津山市
wawa (2017/07/26)
Tags: ocr-generated 岡山県 津山市