Monumento

kawa_sanpo

2015/01/18

Tags: ocr-generated 茨城県 古河市

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ocr-generated にっこうどうちゅう
永井直勝 古河の町並み整備のさきがけ
江戸時代、日光道中を行き交う旅人たちが、往還随一と絶賛するもの
に、古河藩領の道沿いに植えられた松並の景観があげられる。その美観を
生み出したのは、江戸初期の古河藩主、永井直勝(一五六ニー「六二五)
であった。元和八年(一六ニニ)、七万二千石の古河城主となった直勝は、
同三年、神君徳川家康の日光改葬に伴う交通量の増大に備えて、古河城および城下を通る日光道中の整備を
急速に行っている。領内の街道沿いに松を植樹、また、古河城御成門を築造するなど、現代風にいえば、直勝はその
後たび重なる将軍の日光社参で大勢の人々を受容するにふさわしい町並み・景観造りを果たした。
「*直勝律
古河市指定文化財 本科
なお伝存する人差し指の描かれない肖像画は、小牧長久手の戦いで敵将の池田恒興を討ち取るときに負ったと
される傷をとおして、彼の武功を如実に表現している。文武に秀で、家康に重用された好男子、永井直勝。市内の
永井寺に現存するその墓は、林羅山の頭徳碑と並び、家康に足を向けぬように日光に北面して建てられている。

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2018-03-28 15:49 (0)
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