Monumento

kawa_sanpo

2018/09/24

Tags: ocr-generated 福島県 桑折町

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ocr-generated 朝の8
『タ
この歌碑は、安永八年(一七七八)当時の俳諧の師匠、ト面翁が急
れ はたの

逝したため、社中の人々がその徳を慕って、ここ追分に建立した
ここ追分こ


しが
た急


ものであった。
『……五月中の一日ゆくりなく身まかりける きも下たれも此の人をなん
惜しわざるはあらざるを選3社 中の友みつから石を待い土を運びてありの優
碑を建碑面計柳の一句を記し先生の高徳をあふぎふものなるべし』
と背面に記されているが、現在は朽ちて判読が難しい。
桑折宿はかって奥州、羽州諸藩大名の参勤交代の街道筋に当たり、
旅人の往来、物資の搬送など大いににぎわっていた。
もう一つ重要なことは、人物の往来によって文化面の交流が促さ
れたことである。芭蕉の奥の細道行脚以降、これに触発された中
央の文人の往来交流が盛んになり、一方大名や代官所、銀山役人
など多様な階層の人々による俳諧の催しが、度々開かれその句集
も多く残っている。
このように中央から俳諧の情報が得られることによって、地元の
愛好者による同人も結成されるなど、大きな影響を及ぼしさらに、
近郷への文化の発信地ともなっていた。
中には江戸の元禄文化を、桑折に初めて伝えた田村茂左衛門(不殖)
がおり、また本陣宿役でこの地方俳諧の中心人物、佐藤五佐衛門
(馬耳)は、仙台五代藩主伊達吉村公宿泊の折には、歌会を催しそ
望にか
れが縁で、柱頭という俳号を贈られるほどの親交があった。
柳の句の作者は、馬耳より二十数年後の人物であるが当時、俳諧
が身分の高低にかかわらず、地域の底辺広く親しまれたことをこ
の句碑が物語っている。
昭和初期国道拡幅に伴って句碑は他に移され、半ば忘れられかけ
ていたのを、町文化財保存会は重要な史跡として、保存顕彰に努
めてきた。平成十八年羽州街道起点の整備に伴い、地元の要望も
あって元の場所に移築復元することができた。
その往昔の人々が句碑に込めた想いを蘇えらせ、さらに心が通い
合い、文化の香るまちを願うシンボルでもある。
めて限のが

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2018-09-24 16:01 (0)
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