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蜂須賀家歴代藩主墓所

2018-05-04

Tags: 徳島県 徳島市

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蜂須賀家歷代藩主墓所
 蜂須賀氏は、阿波と淡路の二国で二十五万七千石余を
所領し、幕藩時代を通して徳島に君臨した四国随一の大
大名であった。蜂須賀家は家祖彦右衛門正勝の父である
蔵人正利が尾張国(愛知県)海東郡蜂須賀村の地二百貫
を所領したことから代々蜂須賀氏を称した。
蜂須賀家による阿波支配は、家祖正勝が長年豊臣秀吉
の属将として仕え、四国征伐でも功をたてたので、天正
十三年(一五八五)に秀吉が正勝の嫡男家政に阿波国十
七万五千石を与えたことにはじまる。
 蜂須賀家政は、関が原の戦に際して阿波の封土を豊臣
家に返上し、高野山で剃髪し蓬庵と号してこもったが、
徳川家康の娘婿でもある嫡男の至鎮が、東面に従軍した
ことから改めて至鎮に家康から父の旧領を安堵されたも
ので、淡路国は、その後の元和元年(一六一五)に大坂
の陣の功労によって加増されたものである。
 蜂須賀家の家祖正勝から十三代藩主斉裕までの歴代当
主を祀るこの墓所は、家政の異父兄で、臨済僧となった
東嶽禅師を開山とする蜂須賀家の菩提寺江岸山福聚寺を
城内から当地に移し、寛永十三年(一六三六)に寺号を
大雄山興源寺(寺禄五百五十石)と改めたと、築地塀
の山に、広大な儒葬墓地・萬年山を開設してか十三代
斉裕の代までの間は、興源寺墓所は遺髪の拝み墓、萬年
山は埋葬墓という両墓制による祭祀がなされた。

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2018-08-08 23:13 (0)
shouhaku
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2018-08-08 22:29 (0)
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