Monumento

kawa_sanpo

2014/12/21

Tags: ocr-generated 埼玉県 川越市

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ocr-generated 「川越城と中ノ門 堀
ちょうぶ
おうぎがやつ
どうしんどう かん
か ちゅう
じょう
味 じゃく
しょう
しんばん
かん えい
ぶ つな
川越城は、長禄元年(1457)に扇谷上杉持朝の家臣である太
田道真・道灌父子によって築城されました。当時、持朝は古河公
方足利成氏と北武蔵の覇権を巡る攻防の渦中にあり、川越城の
築城はこれに備えたものです。天文6年(1537)、小田原を本拠
とする後北条氏は川越城を攻め落とし、同15年の河越夜戦に
よって北武蔵への支配を磐石なものとします。しかし、天正18
年(1590)の豊臣秀吉の関東攻略に際しては前田利家に攻められ
て落城します。江戸時代になると、川越城は江戸の北の守りとし
て重視され、親藩・譜代の大名が藩主に任じられました。寛永16
年(1639)に藩主となった松平信綱は城の大規模な改修を行い、
川越城は近世城郭としての体裁を整えるにいたりました。中ノ門
堀はこの松平信綱による城の大改修の折に造られたものと考え
られます。まだ天下が治まって間もないこの時代、戦いを想定し
て作られたのが中ノ門堀だったのです。
現在地のあたりには、名前の由来となった中ノ門が建てられて
いました。多加谷家所蔵の絵図によれば、中ノ門は2階建ての
櫓門で、屋根は入母屋、本瓦葺き1階部分は梁行15尺2寸
(4.605m)、桁行30尺3寸1分(9.183m)ほどの規模でした。
棟筋を東西方向に向け、両側に土塁が取り付き、土塁の上には狭
間を備えた土塀が巡っていました。
たがや
やち もん
けた ゆき
※本整備工事は、国土交通省まちづくり交付金・埼玉県観光資源魅力アップ
事業の補助を受けて実施しました。

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2018-03-28 15:53 (0)
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