Monumento

kawa_sanpo

2018/03/18

Tags: ocr-generated 岐阜県 恵那市

Guide plate text

This content was transcribed by optical character recognition. Please cooperate with proofreading.

ocr-generated 中山道大井宿と駅前の近代化
ゆいャ
とり
4、

す者連
○現在地
盆地の底の平坦地にある大井の町場は、周囲の山間農村を結ぶ
道路の結節点として、人や物が行き交う交通上の要衝となってい
た。江戸時代には、中山道の宿駅(大井宿)としての役割を担った
ことから、旅籠屋や商家が増えて発展し、天保14(1834)年には、
宿内戸数 110 軒、旅籠屋は41軒、人口は 466人であった。大井宿
の町並みは、大井橋の東のたもとから上宿の高札場までの6町半
(約 709m)で、西から橋場・茶屋町(中嶋町)・竪町・本町・横町
に分かれ、道はそれぞれの町のはずれでほぼ直角に折れ曲がり、
整然とした町割を形成していた。
これに対して、江戸時代の恵那駅前一帯は田畑、原野だったが、
明治になると、中山道をはさんで家が建ち始め、明治 28 (1895)
年に大井町新町となった。明治35(1902)年に中央線大井駅が開
業すると、大井町がこの地域の物資の集散地となり、駅と国道中
山道の間が幅6間(約 10.9m)の道路で結ばれ、両側には街路樹
として柳が植えられた。その後、各町村へ通じる街道が整備され、
町の基本形態が出来上がっていった。
駅前からは、正家、東野から岩村、明知方面への南北街道が整備
されるとともに、明治 39(1906)年に岩村へ通じる電気鉄道が開
通し、昭和9(1934)年には大井~明知間に国鉄明知線が開通した。
大井駅がこの地域の人や物資の乗降場となるに従って、駅前通り
には多くの旅館や運送店が開業し、一帯には駅前に集まる人々を
対象にしたさまざまな店舗が軒を並べ、商業地として発展して
いった。
平成 24 年8月
アーバ
文化11(1814)年 恵那郡大井村絵図
大正~昭和初期の駅前通り
駅前の運送店
恵那市・恵那市教育委員会
歴史講演会
明日香 三野・恵奈の
「古代を語る
時 3月11日(土)午後1時
所 恵那文化センター集会室
講師 ●岐阜県博物館 学芸員
近藤 大典 先生
「王申の乱と美濃」
◆明日香村教育委員会文化財課
課長 相原 嘉之 先生
「酒船石遺跡と
飛鳥池工房遺跡」
左 飛鳥池工同遺跡の次米荷札木簡(奈文研画検査器) 左石
右左 大武・持統天重合華陵(会員撮影)
右 正家廃寺石(市教委知供)
主催 正家廃寺保存会
●掲載記 n.. .。
恵奈の里次米みのほつり実行委員会

Texts

Comments/Photos

Footprints

0 footprints lefted here.

Embed tag

Guide plate Tour

Spots near

kawa_sanpo (2018/03/10)
Tags: ocr-generated 岐阜県 恵那市
kawa_sanpo (2018/03/10)
Tags: ocr-generated 岐阜県 恵那市
kawa_sanpo (2018/03/10)
Tags: ocr-generated 岐阜県 恵那市
kawa_sanpo (2018/03/10)
Tags: 恵那市教育委員会 卯建 大井村庄屋古屋家 岐阜県 恵那市