ocr-generated 土昭賞キ公はゅせ日本大ムにあ躍した神々
の武将である。治承四年(11へom)源頼朝公伊豆」
に興るや、いち早くこれを援け、や橋山合戦に
は、土肥杉山にその危急を救い、合計や府藩ー
剣に当っては、軍、追捕使、宿老としてク
くの功績を残した。公はまた領民を思他
その敬慕を受けたことは、全国諸所に残っ
墳基、伝説がこれを物路っている。公の夫人は
式や農民に姿を変えて敵を欺き杉山
替心頼主従に食糧を運び消息を伝える
など、そのにさかさかしき(源盛衰記)は
武人の妻の鏡として後せにばてたたえられている
*こに、源頼朝旗揚げより、手を始え、上
肥会創設五十周年を併せ、記念として公並び
に大人の道徳を後人にかえんため、土地買千
公銅像建立実行委員会を結成し、町内外のた
との協賛を得て、その館跡、その地にこの
銅像を建てたものである。