Monumento

genjitsu_

2017-04-30

Tags: 球陽 古琉球時代 近世琉球時代 沖縄県 八重瀬町

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世持井(ゆむちがー)

世持は方言でユムチと言い、ユムチとはおもろ語で「世直し」を意味するほめ言葉です。
 古琉球時代 、与座・仲座は現在の両集落の南方の山の上に在りました。そこは、水利の便がきわめて悪く人々は生活用水の大部分をこの井から求めなければなりませんでした。カーンザ道を下り登りして生活用水を確保するためには、多くの時間と動力を要し肉体的にも大きな苦痛が伴いました。
 近世琉球時代 になると、両集落は現在の世持井の近くに移動定着したため、生活用水などの水の利用は以前に比べてきわめて容易となり両集落の住人にとってまさに世直しでした。
 また、世持井は元々アハ井と呼ばれていました。現在でもアハ井と呼ばれており、それには次のような伝承が残っています。古琉球時代、この井の南方の山に上原按司によって上城が築かれましたが、やがて花城按司によって滅ぼされました。城内の水をすべてこの井に頼っていたため、水の確保は城の運命を左右する大問題でした。そこで花城按司は、他人に井を使用させないよう敵の目をくらますためにアハ井と呼ぶようにしました。アハ井とは「味が薄くておいしくない水の湧く井」と言う意味です。以後、アハ井を大井(ウフガー)と言うようになり、やがて世持井と呼ばれるようになりました。
 琉球の史書「球陽 (きゅうよう)」の尚灝王(しょうこうおう)24年(1827)の頃に「世持井」と記されています。
 世持井は、大正3年(1914)、昭和30年(1955)、平成18年(2006)の3度にわたる大修理が行われています。
 井の形態は、馬を浴びす場所(ンマアミシー)、洗濯所、男性の水浴場、女性の水浴場、食料水汲場に区分されていました。

平成19年1月

八重瀬町役場
八重瀬町教育委員会

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2018-02-01 15:44 (739)
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