Monumento

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2017-05-26

Tags: 関所 グスク 遺老説伝 幸地熱田子 津記武多按司 今帰仁按司 分水嶺 櫓台 峰道 沖縄県 西原町

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史跡 幸地(こうち)グスク

 幸地グスク について『遺老説伝 (いろうせつでん)』に「幸地グスクの城主(じょうしゅ)は幸地熱田子 (こうちあったし)と呼ばれ、腕力(わんりょく)も強く人々から恐(おそ)れられていた。幸地熱田子は隣(となり)の津記武多按司 (ちきんたあじ)といさかいを起こし、その一族を滅(ほろ)ぼした。訃報(ふほう)を聞いた今帰仁按司 (なきじんあじ)が仇討(かたきう)ちにおしかけたが、幸地熱田子の策謀(さくぼう)にはまり、殺された。その後、今帰仁按司の息子四人が兵を挙げ、ついに幸地熱田子を滅ぼした」と記されている。
 幸地グスクがある丘陵(きゅうりょう)(標高(ひょうこう)100メートル)は南北に長く、本島の東よりにある。この峰(みね)が分水嶺 (ぶんすいれい)で、南方は首里方面へ、北方は中城方面につながる。グスク内の最高地点(さいこうちてん)に祠(ほこら)が建てられているが、かつては周辺(しゅうへん)を観察(かんさつ)するための櫓台 (やぐらだい)と考えられる。その北東下は30メートル×30メートルほどの広さを持った曲輪(くるわ)となっている。この曲輪の北よりには井戸があり、居住地(きょじゅうち)化された場所であろう。
 このグスクの注目(ちゅうもく)すべき点は、峰の上を通る「峰道 」がグスク内を通過(つうか)することにある。一種の関所 的機能(せきしょてききのう)を持ち、戦時には道路を封鎖(ふうさ)する目的で造られたと考える。幸地グスクは15世紀前半にでき、その後数十年間グスクとして、あるいは関所として、また戦乱期後(せんらんきご)には領内支配(りょうないしはい)の拠点的(きょてんてき)な機能も複合的(ふくごうてき)に期待された形で存在した可能性(かのうせい)がある。

平成18年3月 西原町教育委員会

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2018-02-11 17:00 (778)
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